わたしはホシミくんの横顔を眺めている。
 さっきのやりとりのせいか顔が真っ赤に染まっていてかわいらしい。真面目に勉強するふりをしているけれど、どこか横目でこちらを、わたしを見ているような気配が感じられる。これは錯覚だとうぬぼれのたぐいではないだろう。
 困るなあ。
 ほんとうに困る。
 気持ちなんてわかり過ぎているぐらいだから、あとはどう着地するかを決めるしかない。暴走してしまえば壊れてしまうし、何もしなければ……どうなるのだろう。この時間はいつまでつづくのか、それはわからない。少なくとも卒業のときには終わってしまうことは確かだ。たぶん、そんなに長く幸せが続かないだろう。そんな予感がしている。だから、いまのうちに存分にホシミくんで楽しんでおくのだ。
 こんなかわいい男の子を任せてくれた神様に感謝したい。今まで神様なんてくだらないアホみたいなもの信じていなかったけど、こんな幸せをくれるならちょっとぐらい祈ってやってもいいと思える。まあ、祈らないけど。
 エアコンが冬の部屋を暖めようと風をはく。
 暖かい。
 ホシミくんを抱きしめたらもっと暖かいのかな。
 そんなことを考えているとケータイが震える音が聞こえた。
 いっしゅん、びっくりする。変なこと考えていたのを誰かに見咎められたんじゃないかって。でも、まあそんなわけはない。
 ケータイの音はわたしのかと思ったけど違った。どうやらホシミくんのらしい。知らせは数回で終わらず鳴り続けているので、どうやら電話がかかってきているようだ。
「あの……」
「出ていいよ」
 わたしはあくまで冷たく言う。誰だろう。誰がわたしとホシミくんの時間を邪魔したのだ。もしかしたら女の子? そんなことを考えるだけで、胸の奥が火山のように熱く、すべてを消し去りたく思えてくる。
 ホシミくんはディスプレイを確認して、それを隠すようにして立ち上がった。
「ここじゃ話せない相手?」
「すみません」
「別に悪くはない。プライバシーだから好きにしていい」
「すみません……」
 ホシミくんは部屋から出て、扉をしめた。ほんとうに誰からの電話だろう。別にここから立つのがおかしいわけではない。なんのことはない友達との会話だって先生に聞かれたいものではないだろう。そうだ、わたしは教師なのだ。ちょっとばかり忘れていた。相手が友達で、先生と一緒にいるなんてことがばれたら大変じゃないか。そう考えれば席を外れることはなんにもおかしくない。まあ、それだったらここで電話に出てもらって、向こうに気付かれないようにね、と命令しつつホシミくんをいじって遊ぶとかしてみたくも思うけど、そういうのをするほど仲良くはないというかわたしがそういうタイプだとは思われてないからキャラを崩してはダメだという問題があるなと思いつつ、わたしは扉に耳を押し当て聞き耳を立てた。音を立てることのないスムーズで完璧な移動だったと思う。
「すみません。はい。ですが……」
 ホシミくんの声が聞こえる。相手の声は聞こえない。なんだか友達という雰囲気ではない。怖い先輩とかだろうか。それともいじめとか? もしそんなことがあれば絶対に助けなければならない。
「はい、教頭先生。わかっています」
 教頭先生? 電話のあいてはあのどうしようもない感じで弱そうな教頭なのか。あいつがさっさとわたしの退職願のメールを受理してくれれば、はれて教師でなくなったわたしはホシミくんと好きにしていいというのに、そうしてくれないからこう困っている状況で……というか一般生徒であるホシミくんがなぜ教頭なんかと電話しているのだろうか。
「すみません、まだ学校へはいけません」
 もう夕方も終わり夜になりそうだというのに、学校に呼び出されているのか。ホシミくんは何か問題を起こすような生徒ではない。それも担任や学年主任を飛び越えて教頭と関わるようなことなんて、と考えを廻らせていたわたしをハンマーで殴りつけるような言葉が響いてきた。
 たぶん扉に耳なんて当てていなくても、聞こえるような叫び声で。
「アリマ先生が学校へ来ない限り、僕も学校へは行きません!」