玄関の扉を開けるとホシミくんはいつも通りのにこやかな顔でそこに立っていた。昨日の今日だよ? わたしが学校行かないならあなたも行かないんだよね? なんかもっとこう、ないの?
「今日こそは一緒に学校、行きましょう」
 あまりのまぶしい笑顔に一瞬、取り込まれそうになったが、わたしは気を引き締め直して言った。
「ひとりで行ってらっしゃい」
「先生が行かないなら、僕もいきません!」
 表情をぎゅーっとさせて、おもちゃ売り場で徹底抗戦する子供みたいな顔でホシミくんは叫んだ。そうだよ、そう、そうこなくっちゃ。
「昨日、似たようなことを言わなかったかな」わたしは睨みながら言う。「あなたの理由にわたしを使わないでと」
「それとは違います」
「何が違う?」
「先生のいない学校になんて行ってもしょうがないです」
 やばい、超かわいい。なんでこんなことを言えちゃうんだろう。若さか? 若さなのか。それにそんなこと言って貰ってるのはわたしというこの特別な状況、いますぐ抱きしめてあげたいというかこちらから是非にとお願いしてそうしたいのはやまやまなんだけど、認めるわけにはいかないんだよな、これが。
「それはおかしい。わたしとあなたが学校で会う時間は授業にホームルームを合わせても一割にも満たないはず」
「時間の問題じゃないんです」
「なんの問題?」わたしは言う。
 続けるべき言葉はもう頭に浮かんでいた。頼りない頭を回転させて、出力するための言葉を用意。ただ今回ばかりは心が問題だった。それを言ったとき、取り乱すようではいけない。頭の中で深呼吸、一瞬にイメージでの練習を繰り返し、落ち着いて、それからやっと言葉を吐き出す。
「もしかして、わたしが特別な存在だとでも言うの?」
 ホシミくんは、はっとした表情で目を見開いた。これで終わりではない。続けなければならない。それは教師としてではなく、わたしの欲求のために。
「たとえば、どこかで、一回挨拶できるだけで、心がうれしくなって、その日、一日しあわせでいられるような特別な存在」
 さあ、行こう。とどめは間違えずに刺してあげるんだ。剣を持っていたらきっとその手は震えてしまう。だけど、相手にそれを気取らせてはいけない。こちらが絶対的有利な立場であるように錯覚させ、はじまる前から絶対的な結果が存在していたのだと思えるような、そんな華麗なる一撃を与えてあげなければ、失礼だ。
「ホシミくん。あなた、わたしのこと好きなの?」